東京都内に一棟ビルや一棟マンションを所有していると、20年、30年以上にわたって同じ借主との賃貸借が続き、賃料などの条件を長期間ほとんど見直していないことがあります。
一方、東京の不動産を取り巻く環境は大きく変わっています。2026年の地価公示では、東京23区の住宅地は前年比9.0%、商業地は13.8%上昇しました。オフィスや主要商業エリアの店舗賃料にも上昇がみられます。
もっとも、古い賃貸借契約の見直しは、単に「賃料をいくら上げられるか」という問題だけではありません。
築年数が経過した物件では、現在の建物で賃貸を続けるのか、建替えや売却を検討するのか、場合によっては借主へ立退きを求めるのかまで含めて、物件の将来を考える必要があります。
この記事では、東京都内に古い賃貸物件を所有するオーナーに向けて、2026年の不動産市場を踏まえ、賃料増額、建替え、売却、立退きまで含めた賃貸借契約の見直し方を解説します。
東京では地価・オフィス・店舗賃料が上昇している
古い賃貸借契約を見直す際には、契約を締結した当時や直近に賃料を改定した時点から、不動産を取り巻く環境がどの程度変化しているかを確認します。
東京23区の地価の上昇率が拡大
東京都が公表した2026年地価公示によると、2026年1月1日時点の東京23区の住宅地の平均変動率は前年比9.0%、商業地は13.8%上昇しました。いずれも前年より上昇幅が拡大しています。
ただし、これは地価公示における標準地の平均変動率であり、東京23区内のすべての土地が同じ割合で上昇したという意味ではありません。
【参考】
東京都「令和8年 地価公示価格(東京都分)の概要」https://www.metro.tokyo.lg.jp/information/press/2026/03/2026031703/
東京のオフィス賃料も上昇
事業用不動産を扱う大手不動産サービス会社のCBREが2026年7月に公表した「オフィスマーケットビュー 2026年第2四半期」によると、東京のオールグレードの想定成約賃料は1坪当たり24,930円となり、前年同期比11.7%上昇しました。グレードAでは前年同期比17.3%上昇しています。
長期間同じテナントが入居し、賃料をほとんど見直していないビルでは、現在の市場賃料と契約賃料にどの程度の差があるのかを確認する意味があります。
【参考】
CBRE「ジャパンオフィスマーケットビュー 2026年第2四半期」
https://www.cbre.co.jp/insights/figures/japan-office-marketview-q2-2026
主要商業エリアでは店舗賃料も上昇
CBREの2026年第2四半期リテールマーケットビューによると、銀座、表参道・原宿、新宿、渋谷の4エリアでは、平均賃料がいずれも前期から上昇しました。
これはブランド店舗などが集積する主要商業エリアのデータであり、東京都内すべての店舗に当てはまるものではありません。ただし、長年据え置かれた店舗賃料を見直す際の背景事情の一つにはなります。
【参考】
CBRE「リテールマーケットビュー 2026年第2四半期」
https://www.cbre.co.jp/properties/column/retail/market/retail_marketview-q2-2026-index/
市場の上昇率と既存賃料の増額幅は同じではない
地価や市場賃料の上昇率が、そのまま既存の賃貸借契約における賃料の増額率になるわけではありません。
借地借家法32条では、土地・建物に対する租税その他の負担の増減、不動産価格や経済事情の変動、近傍同種建物の賃料などによって現在の賃料が不相当となった場合に、将来に向かって賃料の増減を請求できるとされています。
実際の賃料増額では、契約締結時や直近の賃料合意時からの事情変更、これまでの契約や賃料改定の経緯なども確認する必要があります。
したがって、東京の地価や市場賃料が上昇しているからといって、既存賃料を同じ割合で増額できるわけではありません。ただし、20年、30年と賃料をほとんど見直していないのであれば、現在の賃料が相当かを改めて検討する契機にはなります。
何十年も前の賃貸借契約では、現在の市場との乖離が生じていることも
古いビルでは、同じ店舗や会社が20年、30年以上入居し、賃料をほとんど見直さないまま契約更新を重ねていることがあります。
その間に周辺の地価や賃貸市場が変化していれば、現在の市場と契約条件との間に差が生じていることがあります。
また、築年数が経過すれば、修繕や設備更新、耐震性、建替えなど建物自体の問題も生じます。
そのため、古い賃貸不動産では、現在の賃料が相当かという問題だけでなく、今後も現在の建物で賃貸を続けるのかという視点から契約を見直す必要があります。
古い賃貸借契約を見直す方法にはどのようなものがある?
古い賃貸借契約を見直す場合、選択肢は賃料増額だけではありません。物件の状態や今後の保有方針に応じて、次のような方法が考えられます。
現在の条件のまま賃貸を継続する
建物の状態や収益性に問題がなく、長期入居している借主との関係を維持することに合理性があれば、あえて条件を変更しないことも一つの選択です。
賃料増額を求める
現在の賃料が経済事情や周辺賃料などに照らして不相当になっていると考えられる場合には、借主との協議や賃料増額請求を検討します。
協議で合意できなければ、原則として調停を経て、必要に応じて訴訟を検討することになります。
建替え・売却など不動産の活用方法そのものを見直す
老朽化した建物に多額の修繕費を投じて賃貸を続けるのか、建て替えて安全性や収益性を改善するのか、あるいは売却するのかを比較します。
建替え等のために必要であれば立退きを検討する
建替えや土地の有効活用を進めるため、既存の借主との賃貸借を終了させる必要が生じることがあります。この場合には、賃料増額とは別に、賃貸借契約を終了させるための法律上の要件を検討します。
どの方法を選ぶかは、現在の収益だけでは決まりません。建物の状態、今後の修繕や建替えの計画、各テナントの契約内容、売却の予定などを踏まえて、物件全体の方針を整理します。
複数テナントが入居する一棟ビルでは、契約期間、更新時期、普通借家・定期借家の別、賃料水準などを一覧化し、物件全体の契約状況を把握しておく必要があります。
まず検討できるのは賃料増額
長期間賃料を据え置いている物件では、現在の賃料が相当な水準にあるかを確認し、必要に応じて賃料増額を検討します。
しかし、長期間据え置かれているという理由だけで当然に増額できるわけではありません。前述した借地借家法32条の考え方に沿って、経済事情や周辺賃料の変化だけでなく、現在の賃料を決めた時期やこれまでの契約経緯などを確認します。
特に一棟ビルや複数テナントが入居する物件では、テナントごとの賃料、契約開始時期、過去の改定状況などを整理すると、物件全体の状況を把握しやすくなります。
賃料増額請求の進め方、増額による経済的効果、弁護士への依頼を検討する規模感などについては、弁護士法人朝日中央綜合法律事務所コーポレートサイトの「賃料増額は弁護士に相談するべき?費用対効果と依頼を検討したいケースを解説」で詳しく解説しています。
賃料増額を拒否されたら立退きを求められる?
賃料増額を拒否されたという理由だけで、当然に借主へ立退きを求められるわけではありません。賃料増額と立退きは、法律上別の問題です。
賃料増額については、借地借家法32条に基づき、現在の賃料が不相当になっているか、相当な賃料はいくらかということが問題になります。
これに対し、普通借家契約について貸主が更新拒絶や解約申入れによって契約を終了させようとする場合には、借地借家法28条の「正当事由」が問題となります。
賃料問題とは別に、建物の老朽化が進んでいる、具体的な建替え計画があるなど、賃貸借を終了させる事情が存在する場合には、その事情を踏まえて立退きを検討します。
賃料増額と立退きはどちらを先に検討する?
将来的に建替えや売却まで予定している場合は、賃料増額だけを先行させるのではなく、物件全体の方針を先に整理した方がよいことがあります。
今後も長期間保有して賃貸を続けるのであれば、賃料の適正化が中心になります。これに対し、数年以内の建替えが現実的なのであれば、各テナントの契約内容や退去までに必要な期間、建替え計画などを先に確認します。
古いビルを建て替えるために立退きを求められる?
建替えを予定しているというだけで当然に立退きが認められるわけではありません。普通借家契約の場合には、契約内容を確認したうえで、正当事由の有無を検討する必要があります。
借地借家法28条は、貸主による更新拒絶や解約申入れについて、貸主・借主双方が建物の使用を必要とする事情のほか、賃貸借の従前の経過、建物の利用状況、建物の現況、貸主からの財産上の給付の申出などを考慮し、正当事由があることを求めています。
建替えのための立退きでは何が重要?
建替えを理由とする立退きでは、単に「築50年だから古い」と説明するだけでは十分とは限りません。
建物が実際にどのような状態なのか、どの程度の修繕が必要なのか、耐震性に問題があるのか、修繕を続けることが現実的なのか、建替え計画がどこまで具体化しているのかなど、個別の事情を整理する必要があります。
事案によっては、建物診断、耐震診断、修繕履歴、修繕費の見積り、建替え計画などの客観的資料が重要になります。
一方、借主側にも考慮すべき事情があります。
居住用マンションであれば、長年暮らしてきた地域から転居する負担があります。店舗であれば、立地自体が顧客や売上げに結びついていることもあり、移転が営業に大きな影響を与える場合があります。
そのため、正当事由は貸主側の建替えの必要性だけを見るのではなく、貸主・借主双方の事情を踏まえて検討します。
また、立退料の申出も正当事由の判断要素の一つですが、立退料を支払えば必ず正当事由が認められるわけでも、あらゆる事情を立退料だけで補えるわけでもありません。
正当事由、老朽化・建替え、立退料について詳しくは、当サイトの「建物立退きマニュアル」もご参照ください。
立退きは必ずしも貸主と借主の対立だけで進めるものではない
「立退き」という言葉から、貸主が借主を一方的に追い出す場面を想像する方もいるかもしれません。
しかし、実際の立退き交渉では、貸主側の建替えや土地活用の必要性を説明するだけではなく、借主が移転するために何を必要としているのかを確認することが解決につながる場合があります。
居住用物件であれば、現在と同じ地域で生活を続けたい、家賃を一定範囲に抑えたい、間取りや設備について希望がある、といった事情があります。
店舗であれば、現在の顧客が通える距離で営業を続けたい、現在と近い賃料で借りたい、一定の床面積や設備が必要であるなど、事業ごとに異なる条件があります。
こうした事情を踏まえ、借主の希望条件を確認し、移転先候補を探したり、店舗であれば立地や営業条件を検討したり、移転時期、立退料、移転費用等を調整することによって、合意形成を図ることがあります。
実際、当サイトで紹介している「老朽化が進むマンションの立退きを実現したケース」では、築約50年のマンションについて10戸の入居者と交渉し、退去先が見つからない入居者から希望条件を聞いたうえで移転先探しも行い、全入居者との合意に至っています。
また、「市内中心部の老朽化した古民家風居酒屋の立退きを実現したケース」では、長年営業してきた店舗の移転について、店舗の雰囲気、家賃、駅からの距離などの希望を聞きながら移転先を探索し、営業を継続できる物件を確保したうえで立退きに至っています。
もちろん、すべての立退き案件が交渉だけで円満に解決するわけではありません。借主が立退きを拒否する場合や、立退料その他の条件について大きな隔たりがある場合には、訴訟等が必要になることもあります。
立退きは、相手を追い出すことだけを目的とするものではありません。
不動産の新しい活用と、借主の新しい生活・営業環境をどのように両立させられるかという観点から解決策を探ることも、立退き交渉の一つの方法です。
賃料増額・建替え・立退きをまとめて検討した方がよいケース
次のような物件では、賃料だけを見るのではなく、建替え・売却・立退きまで含めて今後の方針を整理する意味が大きくなります。
- 20年、30年以上続く賃貸借契約があり、賃料を長期間見直していない物件
- 店舗・オフィスなど複数の事業用テナントが入居する一棟ビル
- 現在の周辺賃料と契約賃料に大きな差が生じている物件
- 築40年、50年以上となり、大規模修繕か建替えかを判断する時期にある物件
- 複数の借主との立退き交渉が必要になる物件
- 相続によって古い建物と賃貸借契約を承継した物件
- 建替えや売却を具体的に検討している物件
特に一棟物件では、一つのテナントとの契約だけでは全体の方針を決められません。各テナントの契約内容や賃料、建物の状態、建替えや売却の予定を整理したうえで、中長期的な方針を考える必要があります。
古い賃貸不動産は「今後どう使うか」から考える
古い賃貸不動産の見直しでは、「賃料をいくら上げられるか」「立退きを求められるか」という個別の問題だけでなく、5年後、10年後にその不動産をどのような状態にしたいのかを考える必要があります。
今後も賃貸を続けるのか、建物を改修するのか、建て替えるのか、売却するのか。その方針によって、賃料増額や立退きを進める時期や順序も変わります。
賃料増額だけでなく、建替え・売却・立退きまで含めて所有不動産の今後を検討している場合には、現在の賃貸借契約、賃料、建物の状況、将来の活用計画などを整理したうえで、どのような進め方が考えられるか、立退き問題の解決実績が豊富な弁護士法人朝日中央綜合法律事務所にご相談ください。
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