(1)建物の状況
対象建物は、京都市内の住宅地に所在する築後80年以上になる2階建で延べ床面積100㎡ほどの木造住宅でした。
(2)建物賃貸借契約に関する事項
借主は、少なくとも70年以上前にその親の代から対象建物に住居として入居する70歳台後半の高齢者でした。
賃貸借の契約書は現存しておらず、賃料は長い間据え置きで月額1万円でした。
対象建物は、400㎡ほどある貸主の所有地の奥まった一部に建っており、対象建物の敷地以外の部分は公道から対象建物への通路と空き地という状況でした。
(1)解除原因または正当事由
賃貸借契約書が現存しない以上、契約期間の定めがないものとして、解約申入れを行いました。
解約申入れの理由として、主に、築後80年以上を経過しており、耐震性に問題があると考えられること、老朽化した対象建物に多額の耐震補強工事などを施すよりも、400㎡ほどある貸主所有地の全体を利用して3階建の賃貸アパートに建て替えることの方が合理的であるということを主張しました。
(2)立退料について
立退料などについて予算を立てていたわけではありませんでしたが、借主が高齢のため希望する条件の転居先を見つけることが困難ということを理由に、立退料をいくら積まれても立退きをするつもりはないと当初から一貫して交渉自体を拒否していたため、貸主側から立退料を提示することもありませんでした。
最終的に立退料は300万円とする判決がなされ、この金額で解決することとなりました。なお、300万円という金額は、現行の家賃月額1万円と近隣で転居した場合の家賃相場との差額の3年間分に、転居に伴う諸費用等を考慮して定められました。
訴訟を提起した後も裁判所から再三にわたって被告=借主に対して和解勧告がなされましたが、被告=借主は立退き=転居が困難の一点張りで頑なに立退きを前提とする和解協議に応じようとしなかったため、勝訴判決を求めるほかありませんでした。
ところが、一審判決では、被告=借主が高齢のため転居先を見つけることは困難であろうとの一般論・抽象論に重きを置いて、敗訴判決がなされてしまいました。
原告=貸主側は当然、控訴をし、70歳台後半の身寄りのない高齢者でも入居可能な物件情報を複数見つけてきて、証拠として提出した結果、一審判決を覆す勝訴判決がもたらされました。
なお、勝訴判決がなされた後も借主は任意に立退きをしようとせず、上告に及びましたが、高裁でなされた勝訴判決に「仮執行宣言」が付されていたため、これにより強制執行の申立てをしたところ、ついに借主側も諦めて、自主的に立退きをしました。
訴訟の過程で、貸主の所有地のうち対象建物の敷地部分を除いた部分だけで賃貸アパートを建築できないかと、建築計画の変更が議論になったこともありましたが、対象建物の敷地部分も含めた貸主の所有地全体を利用して当初の計画どおりの賃貸アパートを建築することができました。
身寄りのない高齢者が賃貸物件に入居するハードルがまだまだ低くないことを痛感させられた一件でした。