1 はじめに
土地や建物の賃貸不動産を所有している方の中には、現在の賃貸借関係を解消して、新たな土地活用等を希望されている方も多いのではないでしょうか。
このような希望を実現するためには、現在の賃貸借契約を解約して、賃借人から土地や建物の返還を受ける必要があります。
しかしながら、賃借人が賃貸借契約の解約を拒み遅々として計画が進められない、賃貸借契約は解約できたものの、(元)賃借人がいつまでも立退かない(不法占有・占拠)というケースも少なくありません。
このようなケースの解決方法として、土地や建物の明渡の強制執行と呼ばれる手続があります。
本トピックスでは、この強制執行を実現する方法と成功のポイントについて、ご説明します。
2 立退きの強制執行のために必要なもの
強制執行を行うためには、民事執行法により、以下の3つが必要とされています(別途、強制執行を実行するのに必要となる予納金(金銭)を裁判所に納める必要もあります。)。
(1)債務名義
賃貸人の明渡請求(賃借人の立退き義務)を認める内容の判決や和解調書が主な例となります。
(2)執行文
判決等に基づき強制執行をすることの許可と捉えていただくと理解しやすいかと思います。
具体的には、「債権者は、債務者に対して、この債務名義により強制執行をすることができる。」等(執行文)が、書かれた書面です。
(3)送達証明
(1)の債務名義が、賃借人(債務者)のもとに届いていることを証明する書面のことです。
3 即決和解(訴え提起前の和解)による債務名義の取得
(1)即決和解とは?
裁判所の手続といえば、裁判・訴訟のイメージが強く、即決和解は聞いたことがない人も少なくないかと思います。
即決和解(訴え提起前の和解)は、民事訴訟法275条に定められており、当事者間で、トラブルを解決するための方針について概ね合意できている場合に、裁判所の関与の下で和解をするという制度です。
(2)即決和解を活用すると良いケース
当事者の合意について債務名義(和解調書)を取得できるのが即決和解の制度のメリットです。通常の契約書と異なり、相手方が契約を守らなかった場合には、裁判所の力を借りて契約内容を実現(強制執行)することができるという効果があります。
即決和解にこのような効果がある点が、当事者間で概ね合意できている状況であっても、あえて裁判所の手続を利用することの最たる理由といえます。
なお、同様に当事者の合意について債務名義を取得する方法として、執行認諾文言付公正証書がありますが、土地や建物からの立退きについては利用することができません。
したがって、当事者間で概ね合意が成立している場合、即決和解の活用を検討すると良いでしょう。
(3)即決和解の流れ
① 当事者間での事前の話合いと和解条項(案)の作成
即決和解の場合、事実上、ここで作成した内容通りの和解が成立することが多いため、将来のトラブルを避けるためにも、慎重に検討して作成する必要があります。
② 即決和解(訴え提起前の和解)の申立て
申立ての際に提出すべき書類は、申立書、当事者目録、和解条項(案)、物権目録及び図面、不動産の登記事項証明書や賃貸借契約書の写しなど多岐にわたります。
③ 裁判所による申立書審査
裁判所による審査の結果、提出した和解条項(案)の修正指示を受けることがあります。その際は、お互いの意図と食い違っていないか検討しつつ、裁判所の指示に従って修正を進めることとなります。
④ 裁判所からの期日の呼出し
修正等を経て、和解条項が確定した後、裁判所から和解期日の候補日が提示されるので、当事者間で話し合ったうえで、その結果を、裁判所に連絡します。和解期日が定まると、裁判所から賃借人に対し、確定版の和解条項と期日呼出状が送付されます。
⑤ 和解期日
和解期日当日、両方の当事者が和解条項について合意し、かつ、裁判所が相当と認めた場合、和解が成立して和解調書が作成されることとなります。
4 裁判(訴訟)による債務名義の取得
(1)裁判を活用すると良いケース
賃借人が土地や建物からの立退きを頑なに拒んでいるなど、当事者間で合意を形成することができない場合には、裁判を活用すると良いでしょう。
(2)裁判の流れ
① 訴えの提起(訴状等の提出)
賃貸人は原告として、被告となる賃借人との間での賃貸借契約が解約されるべき理由等を記載した書面(訴状)を、管轄の裁判所へ提出します。
訴状の提出は、原告である賃貸人が、自身の考え等を初めて裁判所に示す機会であるため、適切な証拠を揃えたうえで作成することが望まれます。
② 被告への送達
裁判所が、原告から提出された訴状を確認し、形式面に問題がないと判断した場合、裁判所から被告宛に訴状等が送られます。被告への送達によって、訴訟が裁判所に係属することとなります。
③ 審理
原告と被告が交互に、それぞれの言い分等を書面にて主張し合います。和解協議等を重ねていくことともあります。さらに、ケースバイケースですが、証人尋問や当事者尋問を行うこともあります。
④ 判決
裁判所が、原告と被告の一連の主張や証拠関係から、原告の請求を認めるか否かについて判決を下します。
⑤ 控訴審、上告審
日本では三審制が取られているため、第一審の裁判所の判決に不服がある場合は、控訴することができます。控訴審の判決にも不服の場合は、上告することもあります。判決が確定すると、当該判決が債務名義となり強制執行が可能となります。
5 立退きの強制執行の具体的な流れ(建物収去土地明渡請求の場合)
(1)代替執行の申立て
建物収去土地明渡請求の強制執行を実行するには、強制執行の申立ての前に、まず、代替執行の申立てを行い、裁判所から授権決定を得る必要があります。建物の収去(建物の解体)を、賃借人の代わりに行えるようにするためです。なお、代替執行の申立ての際に、債務者(明渡義務者)に対する代替執行費用支払の申立ても同時に行うのが良いでしょう。建物の収去等を依頼する執行補助業者の選定を行い、建物収去費用の見積書を提出します。
(2)授権決定
債務者(明渡義務者)が代替執行の申立内容に異議のある場合、裁判所は書面審尋を経てから授権決定をします。
(3)強制執行の申立て
授権決定を取得した後、裁判所から、同授権決定についての送達証明書、確定証明書の送付を受け、これら及びその他必要書類(債務名義正本等)をそろえ、強制執行申立書を裁判所に提出します。
(4)執行官との打ち合わせ
明渡しの催告を行う日程の調整等、強制執行の進め方について、執行官(強制執行を担当する裁判所職員)と打ち合わせを行います。この際に、債務者(明渡義務者)や当該不動産の占有者等の情報共有を行うこともあります。
(5)明渡しの催告
執行官は、立会人、賃貸人又はその代理人(弁護士)及び執行補助者らの立ち会いのもと、強制執行日(断行予定日)等が記載された書面を当該不動産の所在する場所に公示します。これを、明渡の催告といいます。
(6)明渡しの断行
断行予定日の前日までに、債務者(明渡義務者)が任意で建物を収去して土地を明渡さなかった場合、執行官は、断行予定日に改めて当該不動産に出向き、強制執行の開始を宣言します。これを受けて、執行補助業者(解体業者等)が、建物の解体等を開始することとなります。
建物内に債務者(明渡義務者)等の所有物(目的外動産)が残っている場合があります。この場合、原則として、執行補助業者が、それらを建物内から運び出し、執行官が指定する保管場所に一定期間(1か月間など)保管し、期間経過後は売却又は廃棄することになります。なお、保管を経ずに即時に売却するのか、保管も売却もせずに廃棄物として処理するのかは、執行官の裁量に委ねられています。
6 立退きの強制執行における課題と成功のポイント
立退きの強制執行は、必要となる手続や書面が多いだけでなく、さらに強制執行に伴う費用等が発生します。しかしながら、立退きの強制執行を検討しないまま、退去させたい賃借人がいるという問題を放置していては、問題はいつまでも解決しません。そればかりか、当該不動産を再利用できないこと等による損害は拡大してしまいます。そのため、費用や時間をかけてでも、債務名義を取得したうえで強制執行を行う決断をすることが重要です。
7 立退きの強制執行に関するよくある質問と回答
Q 債務名義取得後、代替執行の申立前に建物所有者が変更になった場合は、どうしたらよいでしょうか。
A 債務名義を得た裁判所で、建物所有者が変更になったことについて、承継執行文の付与を受けることで、新しい建物所有者を債務者(明渡義務者)として代替執行の申立てを行うことができます。
Q 解体業者はどのように選定したらよいでしょうか。
A 原則として、建物の解体業者については、債権者(明渡請求者)が自由に選択することができます。もっとも、解体業務を請け負っている業者は多数あるため、どの業者に頼んだらいいか分からない場合は、裁判所や弁護士に相談すると良いでしょう。
Q 強制執行の手続に必要となる費用は、具体的にいくらでしょうか。
A 強制執行の手続に必要となる費用については、管轄の裁判所ごとに異なります。また、費用の大部分を占める解体費用は、法律上は、債務者(明渡義務者)から回収することができますが、現実問題、債務者は金銭を有しておらず、債権者(明渡請求者)の負担となることも少なくありません。そして、その額は、対象となる建物の構造や大きさ、周辺環境等によって大きく左右されますので、100万円を超えることもあります。
8 立退きの強制執行のまとめ
建物や土地の立退きの強制執行は、何段階もの手続を経て初めて実現することが可能です。これら全てを滞りなく行うには、相応の知識と経験が要求されます。
当事務所は、1870件超(2024年6月末現在)の立退き案件の解決を通じた知識と経験を有しておりますので、建物や土地の立退き、そして強制執行をご検討されている方は当事務所まで是非一度ご相談ください。