1 はじめに
近年、都市部への人口移動、人口減少、高齢化の進展等によって、地方を中心に土地の需要が減少しています。このような情勢の下、特に相続を契機に望まない土地を取得した方の中には、その土地を手放したいと考える方が少なからずおられます。しかし、現行法上、土地の所有者が、その一方的な意思表示で土地の所有権を放棄できる制度はありません。その結果、所有者が所有することを望まない土地は、管理不全に陥ったり、相続が発生しても遺産分割や相続登記がなされないまま共有状態になり、時間の経過につれて所有者が不明化したりする可能性が高くなります。土地の所有者が不明のままだと、公共事業、復旧・復興事業、民間取引等の土地利用阻害や、管理不全による隣地への悪影響等の不都合が発生することが考えられますが、すでにそのような事態が各地で生じ、社会問題となっています。
このような事情から、土地所有者の不明化を防止するために、不要な土地を手放すことができる制度を創設する必要がありました。ただ、無条件に土地の放棄を認めると、土地の所有者が土地を適切に管理しなくなるというモラルハザードを誘発するおそれが生じます。また、土地の所有に伴う義務、責任、管理コストを全て国に転嫁することは、最終的にはそのコストを国民全員が負担することになります。
そこで、一定の要件の下に、所有する土地を国庫に帰属させることができる制度が設けられました(以下「相続土地国庫帰属制度」といいます。)。相続土地国庫帰属制度を規定する「相続等により取得した土地所有権の国庫への帰属に関する法律」は、令和3年4月21日に成立し、同月28日に公布され、令和5年4月27日に施行されています。
以下において、相続土地国庫帰属制度の概要につきご説明いたします。
2 相続土地国庫帰属制度の概要
相続土地国庫帰属制度における手続の順序は、以下のとおりです。
以下、順に説明します。
(1)申請権者
不要な土地を国庫帰属させることの承認申請ができるのは、以下の方に限定されています。
① 単独所有の場合(法2条1項)
相続又は遺贈によって土地の所有権の全部又は一部を取得した「相続人」が申請することができます(相続人以外の者が遺贈を受けた場合は、申請できません。)。
「所有権の一部を取得した場合」とは、例えば、父の相続によって兄と弟の2人がそれぞれ土地の共有持分権を取得し、その後兄が弟の共有持分を買い取って単独所有者となった場合をいいます。
② 共有の場合(法2条2項)
土地が数人の共有に属する場合には、相続又は遺贈により共有持分の全部又は一部を取得した共有者がいる場合に限り申請できますが(相続人以外の者が遺贈を受けた場合は、申請できません。)、共有者全員が共同して承認申請をする必要があります。
(2)申請の方法
承認申請をする者は、承認申請書及び添付書類を法務大臣に提出します(法3条1項柱書)。
承認申請書は、土地の一筆ごとに作成しなければなりませんが(施行規則4条本文)、同一の承認申請者が二筆以上の土地についての承認申請を同時にする場合には、承認申請書を一通にまとめることができます(施行規則4条但し書き)。
手数料の額は、承認申請に係る土地一筆ごとに1万4千円と定められています(施行令3条)。
(3)土地の要件
相続土地国庫帰属制度においては、「通常の管理又は処分をするに当たって過分の費用又は労力を要する土地」として定められる類型に該当する土地は国庫帰属が認められません。逆にそれに該当しない土地については、国庫帰属を承認しなければならないものとされています(法5条1項柱書)。
国庫帰属が認められないものとして、承認申請が却下又は不承認とされる土地は、以下のとおりです。
① 却下事由(法4条1項2号、法2条3項各号)に該当する土地
現に通路の用に供されている土地(1号)、墓地内の土地(2号)、境内地(3号)、現に水道用地、用悪水路又はため池の用に供されている土地(4号)
法第2条第3項第4号に規定する法務省令で定める基準は、土壌汚染対策法施行規則(平成14年環境省令第29号)第31条第1項及び第2項の基準とする。
オ 境界が明らかでない土地その他の所有権の存否、帰属又は範囲について争いがある土地
② 不承認事由(法5条1項各号)に該当する土地
法第5条第1項第1号の政令で定める基準は、勾配(傾斜がある部分の上端と下端とを含む面の水平面に対する角度をいう。)が30度以上であり、かつ、その高さ(傾斜がある部分の上端と下端との垂直距離をいう。)が5メートル以上であることとする。
※ 施行令4条2項
法第5条第1項第4号の政令で定める土地は、次に掲げる土地とする。
一 土砂の崩壊、地割れ、陥没、水又は汚液の漏出その他の土地の状況に起因する災害が発生し、又は発生するおそれがある土地であって、その災害により当該土地又はその周辺の土地に存する人の生命若しくは身体又は財産に被害が生じ、又は生ずるおそれがあり、その被害の拡大又は発生を防止するために当該土地の現状に変更を加える措置(軽微なものを除く。)を講ずる必要があるもの
二 鳥獣、病害虫その他の動物が生息する土地であって、当該動物により当該土地又はその周辺の土地に存する人の生命若しくは身体、農産物又は樹木に被害が生じ、又は生ずるおそれがあるもの(その程度が軽微で土地の通常の管理又は処分を阻害しないと認められるものを除く。)
三 主に森林(森林法(昭和26年法律第249号)第2条第1項に規定する森林をいう。次条第1項第3号及び第7条第2項において同じ。)として利用されている土地のうち、その土地が存する市町村の区域に係る市町村森林整備計画(同法第10条の5第1項に規定する市町村森林整備計画をいう。)に定められた同条第2項第3号及び第4号に掲げる事項に適合していないことにより、当該事項に適合させるために追加的に造林、間伐又は保育を実施する必要があると認められるもの
四 法第11条第1項の規定により所有権が国庫に帰属した後に法令の規定に基づく処分により国が通常の管理に要する費用以外の費用に係る金銭債務を負担することが確実と認められる土地
五 法令の規定に基づく処分により承認申請者が所有者として金銭債務を負担する土地であって、法第11条第1項の規定により所有権が国庫に帰属したことに伴い国が法令の規定により当該金銭債務を承継することとなるもの
(4)法務大臣による審査手続
まずは、申請書類(法3条1項)の提出を受けた法務局が書面審査を行います。
直ちに却下すべき事情があると認められない場合には、法務局職員が事実の調査を行います(6条1項)。法務局職員は、実地調査することができます。また、承認申請者その他の関係者から事実の聴取又は資料の提出を求めることができます(6条2項)。
加えて、法務大臣は、事実の調査のため必要があると認めるときは、関係行政機関の長、関係地方公共団体の長、関係のある公私の団体その他の関係者に対し、資料の提供、説明、事実の調査の援助その他必要な協力を求めることができます(法7条)。
法務大臣は、調査の結果、却下事由や不承認事由が認められず、国庫帰属の承認をするときは、承認申請に係る土地が主に農用地又は森林として利用されている土地ではないと明らかに認められるときを除き、あらかじめ、当該承認に係る土地の管理について、財務大臣及び農林水産大臣の意見を聴きます(法8条)。
(5)法務大臣による承認手続
法務大臣は、調査の結果、却下事由や不承認事由が認められないときは、申請を承認しなければなりません(法5条1項柱書)。
その承認をしたときは、その旨及び負担金の額を記載した書面を、承認申請者ごとに交付します(法9条、法10条2項、施行規則17条1項、施行規則17条2項)
(6)負担金の納付
ア 申請が承認された場合、申請者は、10年分の管理費用を考慮して算定された額の負担金を納付しなければなりません(法10条1項)。
そして、負担金の額の通知を受けた日から30日以内に負担金を納付しないときは、承認の効力は失われます(法10条3項)。
負担金が納付されたときは、その納付の時に、土地の所有権が国庫に帰属します(法11条1項)。
イ 負担金の額は、法務省令5条で定められており、基本的には20万円ですが、例外も多く定められており、その計算は複雑です。
詳しい算定式を知りたい方は、法務省HP「相続土地国庫帰属制度の負担金」をご参照ください。
(7)承認後の取消し
法務大臣は、承認申請者が偽りその他不正の手段により承認を受けたことが判明したときは、同項の承認を取り消すことができます(法13条1項)。
この取消しを行うとき、法務大臣は、あらかじめ、国庫帰属した土地を所管する各省各庁の長(当該土地が交換、売払い又は譲与(以下「交換等」といいます。)により国有財産(国有財産法第2条第1項に規定する国有財産をいいます。)でなくなっているときは、当該交換等の処分をした各省各庁の長)の意見を聴くものとされています(法13条3項)。
また、国庫帰属した土地の所有権を取得した者又は所有権以外の権利(抵当権等)の設定を受けた者がいるときは、その全員の同意を得なければなりません(法13条3項)。
(8)申請者の損害賠償責任
国庫帰属の対象にならない土地を定めている相続土地国庫帰属法2条3項各号又は同法5条1項各号のいずれかに該当する理由があったことによって国に損害が生じた場合、当該事由を知りながら告げずに承認を受けた者は、国に対して、損害賠償義務を負います(法14条)。
3 最後に
管理できないからといって土地の管理を放置しておくと、景観を損なう、害獣の住処になる、ゴミの不法投棄場所となる等のトラブルを招くほか、災害の発生等による損害賠償義務発生のリスクも高くなります。
しかし、相続土地国庫帰属制度を利用しようと思っても、同制度は令和5年4月27日から始まった非常に新しい制度であることから、不明点が多く、ご利用のハードルは高いと思われます。
当事務所は、東京、大阪、名古屋、横浜、札幌、福岡の中心部にオフィスを有し、全国からのご相談に対応しております。相続土地国庫帰属制度のご利用を検討している方は、お気軽にご相談ください。