1 はじめに
近年、所有者が分からない不動産が年々増加しています。その結果、公共事業、復旧・復興事業、民間取引等の土地利用阻害や、隣地への悪影響等が社会問題化しています。
所有者が分からない不動産が発生する原因は、相続登記がきちんと行われていないことが原因だと考えられています。
この問題を是正するため、令和3年4月21日、「民法等の一部を改正する法律」(以下「改正法」といいます。)が成立し、同年同月28日に公布されました。改正法により、不動産登記法が改正され、令和6年4月1日から、従来は任意であった相続登記が義務化されることになりました。この改正は、多くの方に影響があると言われています。
そこで、以下では、不動産登記法の改正によって定められた登記義務について紹介いたします。
2 相続登記申請の義務化
(1)制度の概要
相続や遺贈により不動産を取得した者は、自己のために相続の開始があったことを知り、かつ、その所有権を取得したことを知った日から3年以内(以下、単に「3年以内」といいます。)に相続登記の申請をしなければなりません(新第76条の2第1項)。
(2)相続人がすべき登記申請の内容
相続人がすべき登記申請の内容は、状況に応じていくつかの類型に分かれます。
ア 3年以内に遺産分割協議が成立した場合
3年以内に遺産分割協議が成立した場合は、その内容を踏まえた相続登記の申請を行えばよいことになります(新第76条の2第1項前段)。
イ 3年以内に遺産分割協議が成立しない場合
まずは、3年以内に法定相続分での相続登記の申請(新第76条の2第1項前段)又は「相続人申告登記」の申出(新第76条の3第1項)を行います(「相続人申告登記」については、後記⑶で説明します。)。
その後、遺産分割協議が成立したら、遺産分割協議の成立日から3年以内に、その内容を踏まえた相続登記の申請を行うことになります(新第76条の2第2項)。
なお、遺産分割協議が成立しなければ、それ以上の登記申請は義務付けられません。
ウ 遺言書が存在する場合
遺言によって不動産の所有権を取得した相続人は、自己のために相続の開始があったことを知り、かつ、当該所有権を取得したことを知った日から3年以内に、遺言の内容を踏まえた登記の申請を行います(新第76条の2第1項後段)。
なお、相続人以外の者に対する遺贈については、所有権の移転の登記を申請する義務はありません。
(3)相続人申告登記
上記(2)イに述べた「相続人申告登記」について説明します。
ア 内容
「相続人申告登記」とは、相続や遺贈によって登記義務を負った相続人が、登記官に対し、①所有権の登記名義人について相続が開始した旨、及び、②自らがその相続人である旨の2点を、申請義務の履行期間内に申し出ることで、申請義務を履行したものとみなす制度です(新第76条の3第1項及び第2項)。
申出を受けた登記官は、所要の審査をした上で、申出をした相続人の氏名、住所等を職権で登記に付記することができます(新第76条の3第3項)。
3年以内に遺産分割協議が成立しない場合でも、このような簡易な手続で申請義務を果たすことができます。
イ 遺産分割協議成立後の手続き
相続人申告登記が行われた後に、遺産分割協議によって所有権を取得した場合は、相続人申告登記をした者は、当該遺産分割の成立日から3年以内に、所有権移転登記を申請しなければなりません(新第76条の3第4項)。
なお、相続人申告登記が行われた後に、法定相続分による登記がなされていたときは、遺産分割協議によって所有権を取得した場合でも、この所有権移転登記を申請する必要はありません(新第76条の3第4項括弧書き)。ただし、法定相続分を超えて所有権を取得した場合は、その所有権を取得した相続人は、新第76条の2第2項に基づき、当該遺産分割の結果を踏まえた所有権の移転の登記を申請する義務を負います。
(4)制裁
「正当な理由」無くして登記申請義務に違反した場合には10万円以下の過料が課せられます(新第164条第1項)。なお、過料は行政上の罰であり、刑事罰の「科料」とは異なるものであって、前科にはなりません。
条文上、「正当な理由」の具体的内容は記載されていませんが、法務省が令和5年3月22日に公表した「相続登記の申請義務化の施行に向けたマスタープラン」では、「正当な理由」が認められる類型例として下記が明示されています。
① 数次相続が発生して相続人が極めて多数に上り、かつ、戸籍関係書類等の収集や他の相続人の把握等に多くの時間を要する場合
② 遺言の有効性や遺産の範囲等が争われているために不動産の帰属主体が明らかにならない場合
③ 相続登記の申請義務を負う者自身に重病等の事情がある場合
④ 相続登記の申請義務を負う者がDV被害者等であり、その生命・身体に危害が及ぶおそれがある状態にあって避難を余儀なくされている場合
⑤ 相続登記の申請義務を負う者が経済的に困窮しているために登記に要する費用を負担する能力がない場合
ただし、以上はあくまで例示です。実際には、登記官が個別具体的事情に応じて「正当な理由」の有無を判断することになります。
(5)施行日
施行日は令和6年4月1日ですが、施行日前に相続が発生したケースでも登記の申請義務は課せられます。しかし、申請義務の履行期間については、施行日前から進行しないように配慮されており、施行日前に申請義務の履行期間が進行する要件を満たしていたとしても、3年の期間は施行日から進行することとされています(改正法附則第5条第6項)。
3 住所等の変更登記の申請義務化
(1)制度の概要
所有権の登記名義人に対し、氏名若しくは名称又は住所に変更があったときは、変更があった日から2年以内にその変更登記の申請をすることが義務付けられました(新第76条の5)。
(2)制裁
「正当な理由」無くして登記申請義務に違反した場合には、5万円以下の過料が課せられます(新第164条第2項)。
(3)施行日
この住所等の変更登記の申請義務化制度は、令和8年4月までに施行される予定となっていますが、令和5年8月31日時点では、施行日は未定です。
施行日前に氏名若しくは名称又は住所に変更が発生した場合についても変更登記の申請義務は課せられます。しかし、申請義務の履行期間については、施行日前から進行しないように配慮されており、施行日前に申請義務の履行期間が進行する要件を満たしていたとしても、(1)の2年の期間は施行日から進行することとされています(改正法附則第5条第7項)。
4 最後に
相続登記及び住所等の変更登記の義務化は、施行日前に発生した相続及び住所等の変更にも適用されるため、多くの方に影響がある改正となっています。
しかし、特に相続登記が長期間放置されているようなケースでは、相続の過程を反映させることが極めて困難になっていることも想定されます。そのような場合は、弁護士等の専門家に相談することをお勧めします。