(1)借地借家法または借地法の適用がある貸し土地と同法の適用がない貸し土地の区別
ア 借地法と借地借家法の関係
(ア)借地法の制定・改正
借地法は、大正10年に、借地関係の安定を図るため、民法の特別法として制定されました。制定当初の借地法は、借地権の存続期間を長期にわたって保障することを主な目的としていました。
その後、昭和16年の改正により、正当事由条項(賃貸人は正当な事由がなければ借地関係を消滅させることができない旨の規定)が導入され、昭和41年の改正により、賃貸人が借地権の譲渡・転貸を承諾しない場合における承諾に代わる裁判所の許可制度が導入されました。
借地法における借地権の存続期間の規定や正当事由条項については、後述します。
(イ)借地借家法の制定
昭和41年の改正後、借地法の基本的な枠組みに変化はありませんでしたが、その間、社会経済情勢が大きく変化したことを踏まえて、借地法の見直しを行うべきであるとの要請が高まりました。
そこで、平成3年10月4日に、借地法が廃止・改正され、借地関係について規定した法律と借家関係について規定した法律を一本化するものとして、新たに借地借家法が制定され、平成4年8月1日から施行されることとなりました。
(ウ)借地借家法における改正点
借地借家法の改正点は多岐にわたりますが、貸し土地の立退きに関連する主要な改正点は、次の2点となります。
a 借地権の存続期間の変更
借地法では、複雑な区分により不当に長期な存続期間が定められていましたが、借地借家法では、区分が簡明化され、存続期間も短縮されました。
借地権の存続期間に関する具体的な規定については、後述します。
b 正当事由の明確化
正当事由の判断要素について、借地法では抽象的な定めしかありませんでしたが、借地借家法ではより具体的かつ明確に定められました。
正当事由に関する具体的な規定については、後述します。
(エ)適用関係
借地借家法が施行された平成4年8月1日以降、借地関係については、原則として、借地法ではなく借地借家法が適用されることになりました(借地借家法附則4条本文)。
ただし、借地借家法の規定は、同法附則に特別の定めがある場合には、借地借家法の施行前(平成4年7月31日まで)に生じた事項には適用されません(借地借家法附則4条本文)。借地借家法附則の特別の定めにより、借地借家法が遡及して適用されず、借地法が適用される主な場合として、次の場合があります。
c 借地借家法施行前(平成4年7月31日まで)に設定された借地権の契約更新に関し、次の点については借地法の規定が適用されます(借地借家法附則6条)。
(b)借地契約の更新請求(借地法4条)
(c)借地契約の法定更新(借地法6条)
(d)更新拒絶の要件(正当事由条項、借地法4条1項但書、同法6条2項)
以上のように、借地借家法施行以前(平成4年7月31日まで)に契約された貸し土地の立退きに関連する主要な規定については、借地借家法の規定は適用されず、借地法の規定が適用されることになります。地主・資産家・事業オーナーの方々の所有する貸し土地の中には、借地借家法施行前(平成4年7月31日まで)に借地権が設定された土地があると思われますが、その立退きに関しては、借地法が適用されることとなりますので、借地法の規定は現在においても重要と言えます。
以下では、主に貸し土地の立退きに関連する借地借家法の規定を中心に説明しつつ、適宜、借地法の規定についても説明します。
イ 借地借家法(借地法)が適用される場合~借地権の定義~
借地借家法(借地法)が適用される貸し土地については、同法が適用されない貸し土地よりも賃借人が強く保護されるため、貸し土地の立退きの場面では、借地借家法(借地法)が適用される貸し土地であるか否かは極めて重要な問題です。
この点、借地借家法1条は、「この法律は、建物の所有を目的とする地上権及び土地の賃貸借の存続期間、効力等・・・に関し特別な定めをする・・・」と規定し、また、同法2条1号は、「借地権」を「建物の所有を目的とする地上権又は土地の賃借権」と定義しています(借地法1条も同趣旨)。
これによると、「建物の所有を目的とする地上権及び土地の賃借権」、すなわち「借地権」には、借地借家法(借地法)の適用がありますが、そうでない場合は、借地借家法(借地法)の適用がありません。
「建物の所有を目的とする地上権及び土地の賃借権」の意味は以下のとおりです。
(ア)「建物」とは
「建物」とは、土地の定着物(民法86条1項)のうち、周壁・屋根などその用途に相応した構造を有し、住居・営業・物の貯蔵などの用に供することができ、永続性のある建造物を意味します(大阪高判昭53.5.30判時927号207頁、東京地判昭43.10.23判時552号59頁)。また、「建物」は、工作物(民法265条、例:橋梁、電柱、道路、溝、堀、銅像、テレビ塔、トンネルなど)よりも狭い概念ですが、必ずしも住宅・工場などに限定されるものではありません。結局、「建物」に当たるか否かは、抽象的には、借地借家法の保護の対象とすべきかどうかという点に照らして判断されます。
裁判例においては、直接に地面に丸太を立てトタン葺屋根で覆い、周囲の一部に板を打ちつけて障壁としている場合、貸し土地上に直接丸太を立て上方をトタンで覆ったにすぎない掘立式の書庫、土台、床柱・柱はなく、面積も約2平方メートルにすぎない露店設備などについては、「建物」に当たらないとされています。
(イ)「建物の所有を目的とする」とは
a 「建物の所有を目的とする」とは、貸し土地使用の主たる目的が建物の所有であることを意味します(最判昭42.12.5民集21巻10号2545頁)。耕作を目的としたり、建物以外の工作物を所有することを目的として、貸し土地を使用する場合には、借地借家法の適用はありません。
また、賃借人が貸し土地上に建物を所有していても、それが貸し土地使用の主たる目的でなく、従たる目的に過ぎないときは、借地借家法の適用はありません(前掲最判昭42.12.5)。
b 裁判において、「建物の所有を目的とする」か否かが争われる事例は、多数あります。
「建物の所有を目的とする」とは認められなかったものとして、①ゴルフ練習場を目的とする場合(前掲最判昭42.12.5)、②バッティング練習場を目的とする場合(最判昭50.10.2判時797号103頁)、③自動車展示販売・修理を目的とする場合(大阪高判昭54.7.19判時945号57頁)、④幼稚園の運動場を目的とする場合(最判平7.6.29判時1541号92頁)、⑤乗馬学校を目的とする場合(東京地判平9.10.15判時1643号159頁)、⑥養鱒場を目的とする場合(宇都宮地裁昭54.6.20判時955号107頁)、⑦釣堀を目的とする場合(東京高裁昭57.9.8判タ482号90頁)などがあります。
ただ、いずれも、事業内容により類型的に判断されているわけではなく、土地の利用状況に応じて個別具体的に判断されています。そのため、同じ用途で土地を利用していても、異なる判断がなされる可能性もあります。
(ウ)「地上権又は土地の賃借権」とは
「地上権」とは、土地の使用収益を目的とした用益物権であり、「土地の賃借権」とは、賃料を対価として支払って他人の土地を使用収益する賃貸借契約に基づく権利をいいます。旧来の貸し土地は、賃貸借契約によるものが大部分ですので、以下の記述では、「土地の賃借権」を中心に述べます。
ウ 一時使用による借地借家法適用除外
(ア)一時使用のための借地権設定
これまで述べてきたように、建物の所有を目的とする地上権および土地の賃借権(借地権)については、借地借家法(借地法)が適用され、土地の賃借人が強く保護されることになりますが、建設現場、博覧会場、仮設店舗、イベント会場など、一時的な建物所有にとどまる場合にまで借地借家法(借地法)を適用することは実態にそぐわないと言えます。
そこで、借地借家法25条は「第三条から第八条まで、第十三条、第十七条、第十八条及び第二十二条から前条までの規定は、臨時設備の設置その他一時使用のために借地権を設定したことが明らかな場合には、適用しない。」と規定しています。
これによると、一時使用のために設定されたことが明らかな借地権については、存続期間および更新に関する借地借家法の規定は適用されません。借地法にも同様の規定があります(借地法9条)。
(イ)「一時使用のために設定されたことが明らかな借地権」か否かの判断基準
「一時使用のために設定されたことが明らかな借地権」か否かの判断基準について、最高裁判所は、単に借地権の約定存続期間が短いことや、賃貸借契約書に一時使用の文言がみられることのみによって判断するのではなく、「その目的とされた土地の利用目的、地上建物の種類、設備、構造、賃貸期間等、諸般の事情を考慮し、賃貸借当事者間に短期間にかぎり賃貸借を存続させる合意が成立したと認められる客観的合理的な理由が存する場合にかぎり」、一時使用のために設定されたことが明らかな借地権と認められるべきである、と判示しています(最判昭43.3.28民集22巻3号692頁、最判昭45.7.21民集24巻7号1091頁)。
このように、一時使用のための借地権設定であるか否かは、具体的な事情を総合的に考慮して判断されることになるため、契約書に一時使用の文言があるにもかかわらず一時使用のための借地権設定であることが否定されたケースもあれば、逆に、契約書に一時使用の文言がなくとも一時使用のための借地権設定であると認定されるケースもあります。
「一時使用のため設定されたことが明らかな借地権」の具体例としては、博覧会場、祭典式場、興行場、建設土木工事の飯場や作業員宿舎などの臨時設備のために設定された借地権などが挙げられます。
また、土地の利用関係に争いが生じて、存続期間を5年や10年とする借地権を認める内容の裁判上の和解・調停が成立した場合にも、一時使用のために設定された借地権と認められる場合が多いと言えます(最判昭33.11.27民集12巻15号3300頁、前掲最判昭43.3.28)。