(1)借地借家法又は借家法の適用がある貸し建物と、これらの法律が適用されない貸し建物の違い
ア 借家法と借地借家法の関係
a 借家法は、大正10年(1921年)に制定され、当初は、建物の賃貸借に引渡しによる対抗力を認めるとともに、6か月の解約期間を定めることを主な目的としていました。その後、昭和16年(1941年)に同法が改正され、正当事由に関する規定(借家法1条の2)が追加されました。この部分については後ほど詳しく説明します。
b 上記のとおり、借家法は大正10年(1921年)に制定され、昭和16年(1941年)に改正された後、基本的な構造に大きな変化がありませんでした。その後、社会経済の変化に対応するため、平成3年(1991年)10月4日、借家法が改正され、新たに借地借家法が制定され、同法が平成4年(1992年)8月1日から施行されました。
借地借家法の改正点は多岐にわたりますが、貸し建物の立退きに関する主要な変更点の一つは正当事由が明確になったことです。
c 借地借家法は、同法が施行される前(平成4年7月31日まで)に契約が締結された貸し建物の立退きには適用されません。これらの貸し建物には借家法が適用されます。以下では、主に借地借家法の規定について説明します。
イ 借地借家法が適用されるためには、「建物」の「賃貸借」である必要があります(借地借家法1条)。
a 「建物」の賃貸借であること
1)「建物」とは、土地に定着し、壁、屋根を有し、住居、営業などの用に供することのできる建造物で、独立の不動産のことをいいます。
独立の不動産とは、構造上、経済上、利用上独立していることが必要です。
賃借部分が構造上、経済上、利用上独立している限りは、一棟の建物の一部の賃貸借契約にも借地借家法が適用されます。そのため、アパートやビルの一室又は一区画の賃貸借契約にも、借地借家法は適用されます。
2)「建物」であれば、その種類、構造、用途は問われません。高架橋下の倉庫も「建物」として、借地借家法が適用された判例があります(大判昭12.5.4民集16巻533頁)。
また、借地借家法は、居住用建物の賃貸借契約だけでなく、事業用建物の賃貸借契約にも適用されます。もっとも、立体駐車場は「建物」にあたらないとして借家法の適用を否定した裁判例(東京地判昭61.1.30判時1190号901頁)もあります。
b 建物の「賃貸借契約」であること
借地借家法が適用されるのは「賃貸借契約」であり、使用貸借契約には適用されません。
両者の区別は、賃料が「相当」額であったかどうかによって行われます。つまり、賃料が支払われているからといって直ちに賃貸借契約となるわけではなく、その賃料が「相当」な額である必要があります。
例えば、従業員寮や社宅では、家賃が市場価格に近ければ賃貸借契約であると判断された判例があります(最判昭31.11.16民集10巻11号1453頁)。一方で、通常の賃料に比べて著しく低い場合には、「原判決が、・・・一ケ月千円宛の各支払金はいずれも判示各室使用の対価というよりは貸借当事者間の特殊関係に基く謝礼の意味のものとみるのが相当で、賃料ではなく、・・・使用貸借であって賃貸借ではないと解すべき旨を判示・・・したのは・・・相当というを妨げない」と判示した判例も存在します(最判昭35.4.12民集14巻5号817頁)。
ウ 一時使用による借地借家法の適用除外
借地借家法40条は「この章(第三章借家)の規定は、一時使用のために建物の賃貸借をしたことが明らかな場合には、適用しない」と規定しています。
この規定によれば、一時使用のためになされたことが明らかな場合は、たとえ、「建物」の「賃貸借契約」であったとしても、借地借家法の借家に関する章の規定(同法26条から39条)が適用されません。なお、借家法にも同様の規定があります(借家法8条)。
一時使用のためになされたことが明らかな建物賃貸借契約か否かの判断基準について、最高裁判所は、「必ずしもその期間の長短だけを標準として決せられるべきものではなく、賃貸借の目的、動機その他諸般の事情から、当該賃貸借契約を短期間に限り存続させる趣旨のものであることが、客観的に判断される」ことが必要である、と判示しています(最判昭36.10.10民集15巻9号2294頁)。
なお、契約書等に「一時使用」という文言があるからといって直ちに一時使用目的が認められるわけではなく、反対に、「一時使用」という記載がなくても一時使用目的が認められる余地もあります。もっとも、「一時使用」という文言が契約書等に記載されていないという事情は、一時使用目的を否定する要素となり得るので注意が必要です。
以上のように、契約書等に記載された文言だけでなく、具体的な事情を総合的に考慮して「一時使用目的」か否かを判断することになり、その結果、「一時使用目的」が否定されてしまうと、借地借家法が適用され、立退きの実現が困難になる可能性があります。
一時使用のためになされたことが明らかな建物賃貸借契約の具体例は、①賃貸人側に貸し建物を将来利用する具体的計画があるため、使用期間を一時的とした場合、②賃貸人側に貸し建物を取り壊す具体的予定があるため、使用期間を一時的とした場合、③建物利用関係に争いが生じ、裁判上の和解、調停により短期の借家期間が定められた場合などがあります。